オノ・ヨーコの言葉に触れてみる
日常的に生きていて、なにも問題ない。
たまに風邪は引くけれど、ほとんど健康体だし、
ご飯も食べることができるし、あたたかいところで眠ることもできる。
仕事もあるし、お金もある程度ある。
なにも、問題ない・・・はずなのに。
どこか物足りない気がしてならない。たぶん、満足していないんだと思う・・・
なんとなく、むなしい。
どうしようもない、どうにもならない。
そんな気持ちでいっぱいになる。
でも、いっとき感じるだけで、普通に過ごせてるから・・・何も問題ないのでは?
そう。なにも問題ない。と見て見ぬふりをしている。
そんなことを続けてきたある日。
「読む」ことについて学んでいたら、オノ・ヨーコの「グレープフルーツ・ジュース」の一節が登場してきました。
有名な人だ。ジョン・レノンのパートナーだ。
なんとなく、すごい人なんだろうなと思っていた。きっと芸術肌で、まったく理解できない境地にいるんじゃないか・・・って。
理解できないものを読んでも時間の無駄だと当時のわたしは思っていて、
「知ってるけど、読まない」リストに入れてました。
グレープフルーツ・ジュースは、詩のような、教えのような。そんなキーワードが登場します。
地下水の流れる音を聴きなさい。
オノ・ヨーコ(1998). 『グレープフルーツ・ジュース』 株式会社 講談社 (13)
心臓のビートを聴きなさい。
オノ・ヨーコ(1998). 『グレープフルーツ・ジュース』 株式会社 講談社 (14)
地球が回る音を聴きなさい。
オノ・ヨーコ(1998). 『グレープフルーツ・ジュース』 株式会社 講談社 (16)
みんななんとなく物足りなく、おなかに風が吹いているような何かに飢えているような気持ちで暮らしているのではないでしょうか。
そんな人のためにつくったと記載されていました。
子供にだってわかる。ありえないこと。無理なことがたくさん載ってる。
「読む」ってどんなこと? の言葉をお借りすると 「 実現不可能 」
でも、単なる「 実現不可能 」なものごとではなくて、優しいような、静かな感じがします。
「 実現不可能 」で、「 無意味 」で、「 無価値 」
これをオノ・ヨーコさんは「やりなさい」と言ってる。
おとなである自分が、これをやることで 物足りない気持ち や むなしい という気持ちが薄れていくと思うのです。
気合いで奮い立たせることや力ずくで 物足りない気持ち や むなしい をなんとかするのではなく、
カーテンの隙間からぽやぽやなひよこ色のひかりがやさしく包んでくれるような。そんな言葉から引き出されたイマジネーション。
このイマジネーションは、やさしく余裕のスペースを広げてくれます。
スペースが広がれば、新しい世界を取り込むことができる。
でなきゃこの本は愛されませんし、燃やされてそのままです。
詩のような、教えのような、俳句のような言葉たちがまとまった本。
やさしく背を押してくれます。
夜寝る前の時間に。朝起きて夢と現実の間の時間に。安心してイマジンしてみてください。