猫ちゃん

” 猫ちゃん ”

⁡と聞いて、わたしは「うちの子かわいい」となるんですけど、

嫌いな人から見たら「嫌!」「毛がいっぱいつく」「こわい!」とかになるわけです。

以前、心は無常である事を5分間考え事をする事で知りました。

心はコロコロ変わるものだから、見た目は同じでも「新しい自分」として受け取ることもできます。

でもなかなか思考の癖を抜け出すのは難しい。

今日は抜け出すヒントになると嬉しいな。と思いながら書いています。

カルマとサンスカーラ

カルマは、行為という意味であり、
良いも悪いも存在しません。

できごとが起こった時、

出来事(原因)→行動(結果)

となります。

これはどんな行動も因果関係になっていて、行動が出来事になり、また行動する…と繰り返していきます。

そこに加わってくるのはサンスカーラ。

猫ちゃん

のように昔の記憶や経験が残っていて、それを元に判断して行動してしまう。

この2つが絶妙に組み合わさって私たちはこの世を生きています。

これは人間が生き残るために備ってきた必要なものでもあり、とても厄介なものです。

困ることとして、この子(カルマ、サンスカーラ)は、良いことも悪いことも同様に扱います。

良いことは自分にとって良いことですからあまり悩みません。

でも、悪いことは自分にとって悪いことですから、悪い因果関係のループに囚われて「なんでわたしって生きているの?」につながってしまいます。

良いことも最上級となれば、他人に迷惑をかけるほど感情に振り回されるからあまり良いとは言い切れません。


そう、これは、思考の癖。

自分を否定してしまうのであれば、

「わたしはわたしを肯定する」

という言葉で判断する思考を止める方法も前々回にお話ししています。

これも御守りとして持っておきながら、日々の思考の癖から抜け出すには、

出来事をそのまま受け止める

練習が必要です。

猫ちゃん

を見て、

あれは猫ちゃんだ。

と、見たままを受け止めるだけです。


ああ!猫ちゃん!こわい!

これからわたしに飛びかかってくるかもしれない!

引っ掻いて血だらけにされるかもしれない!

ざらざらの舌でべろべろ舐められるかもしれない!

こわい!!

という判断は「わたしはわたしを肯定する」でまず抑えていく。

可愛くて!触りたい!ああ!

という判断も同じですね。

*練習を繰り返す事で、余裕ができる。

*余裕ができると、いつもの思考回路(パターン)に疑問を持つ。
(例えば、猫ちゃんは本当にこわいものなのか?とかね)

*疑問を持つと知りたくなる。(自己探究)

*消化する。

消化、に辿り着くまでものすごく時間がかかるのをわたしは知っています。

だって、現に自分の身体使って実験中ですから。消化できてないものばかりだなあって。

すぐに消化しなくていいし、正解を出す必要もない。

あ、いつのまにか居なくなってた(消化できてた)なんてたくさんあるし、眠る直前にあっ…そうか。そうだったのか。と見つけることもたくさん。

白黒はっきりつける生き方しか教えられてなかったけど、

ヨガは灰色で過ごしていてもいいんだ。と教えてくれました。


大きな出来事も、小さな出来事も、

出来事は出来事として受け止める。

まあ、難しいんですけどね。

ちょっとずつ、ちょっとずつ。

せめて、ヨガの60分のクラスだけでも。

そのままを受け取る練習を。

※この記事は、21年07月30日のInstagramで投稿されたものをリメイクしています。

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